「ひめちゃご」がつなぐライン群 リュウの道~北部九州群龍図(その1)

 前回は三つの「鷹取山」のお話でしたが、「高取山」も同じと考えては?とのコメントが侑子さんからありました。→ひめちゃご88 福童神社2 冬至の太陽は鷹取山から昇る
 リラさんという方が調べた内容が、lunaさんの記事にありました。→ひめちゃご96「鷹取山結界」の中心に筑紫君の城か(磐井の山城)
 辿ってみましょう。まずは、天山の東です。

ひめちゃご132
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 20km×12km の範囲です

 天山の頂上から東に彦岳を通って、やや南に向きを変えて主稜が続きます。その先端に「高取山」があるのです。
 これも「龍」ではないでしょうか。
 脊振(せぶり)山地の先端にある「鷹取山」と同じ構図だと思います。


 天山周辺のラインについて、以前に記事にしました。松尾弁財天と犬岳をめぐるものでした。
 → 「ひめちゃご」がつなぐライン群 その6 

ひめちゃご133
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 45km×30km の範囲です

 「天山」から「松尾弁財天」まで 120.01°(距離 47.771km) 120°との誤差 +0.01°(約 8m)
 「犬岳」から「天山神社上宮」まで 300.0014°(距離 47.016km) 300°との誤差 +0.0014°(約 116cm)
 「岩蔵天山神社」から「犬岳」まで 120.04°(距離 41.650km) 120°との誤差 +0.04°(約 29m)


 みやま市・八女市の鷹取山は、松尾弁財天の近くなのです。
 この鷹取山からも、天山にラインが設定できました。

 「鷹取山(みやま市・八女市)」から「天山」まで 299.98°(距離43.995km) 300°との誤差 0.02°(約 15m)

ひめちゃご126
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 45km×30km の範囲です

 鷹取山(みやま市・八女市) から 天山 までのラインを取り出してみましょう。 

ひめちゃご127
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 45km×30km の範囲です

 上の図中の青いラインになります。「鷹取山」から 300°の方向に「天山」が見えます。

ひめちゃご129
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(古湯・小城)を使用しています」

 最高峰の「天山:標高1046m」から東に連なる「天山山地」、その麓にある「大日宮 (小城市小城町岩蔵)」という小さなお宮を通ります。大日如来が祀られているそうです。

ひめちゃご128
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(小城)を使用しています」

 小さなお宮ですが、大事なポイントだと思います。それは、岩蔵天山神社と南西・北東の位置関係があるからです。

 「大日宮」 から 「岩蔵天山神社」 まで 225.0° または 「岩蔵天山神社」 から 「大日宮」 まで 45.0°(距離 0.484km)

ひめちゃご131
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(八女・野町)を使用しています」

 ラインは筑紫平野を横断して、みやま市に至ります。ラインが山を登るところに、「女山神籠石(ぞやまこうごいし)」とあります。
 神籠石のどこかを通るのでしょうが、詳しいことはわかりません。

ひめちゃご130
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」

 鷹取山(みやま市・八女市)は、湯川山の真南にあって、かつ、天山が 300°の方向に見える場所として、選ばれたのだと思います。

 ところで、この鷹取山はみやま市と八女市の境界にあります。境界は山の稜線に沿っています。

ひめちゃご137
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 4km×6kmの範囲です

 稜線を黄色く示してみます。ラインも重ねてみましょう。

ひめちゃご135
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 4km×6kmの範囲です

 稜線は黄色いラインの上下に、まだ続いているのですが、御牧山が最高峰のようです(標高 405m)。 
 これも「龍」と言えるのでしょうか?よくわからないのですが…
 でも、重要な山稜なのでしょう。御牧山から、更にラインがあるのです。

 「御牧山」 から 「高取山(山鹿市)」 まで 120.08°(距離 12.904km) 120°との誤差 +0.08°(約 18m)

ひめちゃご134
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 4km×6kmの範囲です

ひめちゃご138
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(山鹿)を使用しています」 1km×1kmの範囲です


ひめちゃご139
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 55km×35km の範囲です

 「高取山」を龍の頭とする天山山地、その最高峰の「天山」とラインでつながるのは、みやま市・八女市の「鷹取山」。
 その山稜の最高峰「御牧山」とラインでつながるのは、山鹿市の「高取山」。

 以前、尾張の地でつないだラインを「リュウの道」と呼びました。
 「大縣(おおあがた)神社本宮社(尾張本宮山山頂:尾張国二宮)」-「青塚古墳」-「真清田神社(尾張国一宮)」-「赤岩大神(養老山地の麓)」をつなぐラインでした。

 北部九州において、龍をつなぐラインがあるようです。
 これも「リュウの道」と呼んで、探索を続けてみます。

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「ひめちゃご」がつなぐライン群 ふたつの龍と1本のライン

 龍の数え方がわかりません。二匹?二頭?神様なら二柱なのかな?

 lunaさんのブログ「ひもろぎ逍遥 ひめちゃご88 福童神社2 冬至の太陽は鷹取山から昇る」によると、「三つの鷹取山」があるということです。
 コメント欄において、筑後国造さんが、その「三つの鷹取山」が高良大社の結界を張っているとのお話をされています。
 lunaさんのリクエストで、鷹取山結界の地図を作りました。

ひめちゃご104

 一見、二等辺三角形のように見えますが、そうではありませんでした。
 一番左の尖っている角度は 50.1°、その右下は 65.5°、右上に登って 64.4°になります。

 この高良大社の東にある鷹取山が、耳納(みのう)連山の最高峰 標高 801.8m です。

 福童神社へ 300°のラインが認められます。
 
 鷹取山(耳納連山) から 福童神社 まで 300.03°(距離 18.707km)  300°との誤差 +0.02°(約 7m)
 
 そして初めての例になりますが、福童神社から見て、冬至の太陽が、鷹取山に昇ります。

ひめちゃご105

 福童神社から見た太陽の運行を調べたのは、lunaさんがここを訪れ、天文祭祀の気配を感じたことを書かれていたからです。
 「方位のライン(地のライン)」と「二至二分の日の出入りのライン(天のライン)」が一致したのは初めてだと思うのですが…
 逆に考えると、鷹取山から300°のライン上で、冬至の太陽が鷹取山から昇る場所を選んで聖地としたと想像できるのですが、いかがでしょうか? まず、地のラインを定めて、そのライン上から天文祭祀のラインを定めるのではないかと、最近はそんな想像をしているのですが、ここもそんな典型的な例になるのかもしれません。この鷹取山は耳納連山の最高峰なのです。ここを焦点とするのは、当然のことと思います。

 もうひとつ、この鷹取山から北西にラインの候補があります。

 鷹取山(耳納連山) から 隼鷹神社 まで 314.93°(距離 20.110km)  北西との誤差 -0.07°(約 25m)

 隼鷹(はやたか)神社は高木の神様を祀るのだそうです。詳しくはやはりlunaさんのブログを → 隼鷹神社・鷹になった高木の神と仲哀天皇
 高良大社が元々は高木神を祀るのだとすれば、その山の最高地点から高木神のラインを導くというのは、得心が行くかもしれません。


 さて、ではあとふたつの鷹取山は、何故この山だったのでしょうか。どちらも属する山塊の最高峰ではありません。理由があるのでしょうか?

 ここからは当サイト本来の、トンデモ話になります。

 耳納連山を地図で眺めているとよく思うのですが、私の生活圏である濃尾平野の西端に横たわる「養老山地」に似てるなぁ…と。

ひめちゃご106
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(岐阜・名古屋・飯田・豊橋)を使用しています」
 
 養老山地の最高峰が「笙ヶ岳(しょうがたけ:標高908.3m)」、南の端に「多度山(たどさん:標高403m)」があり、その麓には「多度大社」があります。
 
ひめちゃご107

 実は、私はこの養老山地が、その姿から「龍の山」だと思っているのです。 → 尾張氏とヤマトタケル その21

 詳しく考察されている、エイジさんのブログを御紹介します。 → 片目の龍と養老山脈

 山脈を龍だと解釈すると、最初の地図の左上 「佐賀県三養基(みやき)郡みやき町の鷹取山(標高 403.4m)」の意味がわかります。


ひめちゃご109
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 80km×50kmの範囲です 

 上の図で、右の黄色い線が耳納連山です。東の端に最高峰の鷹取山があります。これを龍と見ると、西の端の高良大社が頭になるのかな?水を飲みに行くとのことですので、味水御井神社の泉を飲み干してしまうのでは…

ひめちゃご111
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 30km×22kmの範囲です  


 そして、左の黄色い線が脊振(せぶり)山地の主稜です。西端の浮嶽(うきだけ:標高805m) から始まって、雷山(標高955m)を通って最高峰の脊振山(せふりさん:標高1055m)に至ります。主稜はゆっくりと南東に下って「鷹取山(標高403m)」に到達するのです。
 
ひめちゃご110
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡)を使用しています」 10km×12kmの範囲です  

 みやき町の鷹取山が、脊振山地主稜の龍の頭に見えて来ました。この龍はどこの水を飲もうとしているのでしょうか?筑後川なのかな?


 さて、三つ目の鷹取山(標高364m)は福岡県みやま市と八女市の境にあります。ここも山の稜線になりますが、この場所の説明はラインで行います。この山の意味は何なのか?「鷹取山」の名前は聖地を意味するのか…

ひめちゃご112
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 80km×50kmの範囲です 

 みやま市・八女市の鷹取山には南北のラインがあると思います。

ひめちゃご113
「この地図は国土地理院発行の地理院地図(新版)レベル10を使用しています」 80km×140kmの範囲です 

 南北のラインは宗像市と遠賀郡岡垣町の境にある「湯川山(ゆがわやま:標高471m)」を起点とします。終点はみやき市と八女市の境にある「御牧山(おまきやま:標高405m)」です。

 「湯川山」 から 「御牧山」まで 180.06°(距離 82.320km) 真南との誤差 +0.06°(約 86m)

 起点は湯川山ですが、その起源は「沖ノ島」だと思います。湯川山は沖ノ島がちょうど北西に見える山なのです。

 「湯川山」 から 「沖津宮」まで 315.02°(距離 58.494km) 北西との誤差 +0.02°(約 20m)

ひめちゃご114
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(神湊)を使用しています」

ひめちゃご115
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(吉木)を使用しています」

 湯川山には依岳大神が鎮座していたといいます。

ひめちゃご116
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(筑前東郷)を使用しています」

 「光岡八幡宮(みつおかはちまんぐう)」は宗像市にあります。大きな樟(くすのき)で有名だそうです。ラインからは75mくらい離れてしまいますねぇ…

ひめちゃご117
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(太宰府)を使用しています」

 「竈門神社(かまどじんじゃ)」の10m程東をラインが通ります。宝満山の麓になります。
 keitokuchinさんによると、湯川山麓の依岳神社(よりたけじんじゃ)には、「祭神依岳大神は、玉依姫命ともいわれ、日向の高千穂の峰から竃門山(現宝満山)を経て依岳山に鎮座したという由緒」があるのだそうです。依岳山とは湯川山のことです。
 以前に記事としました。 → 筑後国一宮「高良大社」 その8

ひめちゃご118
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(二日市)を使用しています」

 前畑遺跡は筑紫野市にあります。土塁です。四王寺の山頂部や、小水城みたいな感じかな?
 地図に黄色く記しましたが、これは何なんだろう?山の稜線に沿っているんだから、水城のように水を貯めるわけではないですよね?敵の侵入を防ぐのであれば、この部分だけにあっても、何を守る為かわからないし…もっと長い長い防塁の一部なのかなぁ…

ひめちゃご119
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(久留米)を使用しています」

 高良大社周辺では、下宮社の近くを通りますが、150m程離れてしまいます。

ひめちゃご120
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(八女)を使用しています」

 そして、「岩戸山古墳」を通ります。

ひめちゃご121
「この地図は国土地理院発行の空中写真レベル17(最新)を使用しています」 250m×250mの範囲です

 後円部の中心(太神宮旧跡)は通りませんが、前方部の松尾神社を通ります。
 やはり、lunaさんの記事が詳しいです。 → ひめちゃご22 岩戸山古墳に食い込む太神宮の怪

ひめちゃご122
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」

 ラインは「鷹取山」を通過して、南に延びます。

ひめちゃご123
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」

 そして、「御牧山」に到着します。
 御牧山の西には「七支刀を持つ神像」で有名な「こうやの宮」があります。ここをラインの終点といたしましょう。

 「御牧山」 から 「こうやの宮」 まで 269.99 °(距離 7.640km) 真西との誤差 0.01°(約 1m)

ひめちゃご124
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(柳川)を使用しています」

 「こうやの宮」についても、lunaさんの正確なリポートがあります。 → こうやの宮(磯上物部神社)「七支刀」でつながる奈良と鞍手と太神

ひめちゃご125
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 2500m×3000mの範囲です


 今回の探索は以上です。
 三つの鷹取山が高良大社の結界を張っているのかどうか、わかりません。
 でも、南北ラインが岩戸山古墳を通るということは、とても重要だと思いました。玉依姫と、どう関係するかは、とてもわかりませんが…
 ただ、三つの鷹取山が、直接お互いを見ることができることを、最後に御報告して、おしまいといたします。





 
 
 

「ひめちゃご」がつなぐライン群 その7

 「犬岳」に注目したのは、lunaさんのブログからでした。
 中大兄皇子が祈ったという「太神宮(だいじんぐう)」が、「松尾弁財天」の西にあるといいます。 → ひもろぎ逍遥 ひめちゃご12 松尾弁財天4 裏の小道と中大兄と

 その後のブログに、私が送った画像を使っていただきました。 → ひもろぎ逍遥 ひめちゃご13 中大兄が祈った太神宮は春・秋分ライン祭祀だった

 以下はその重複になってしまいますが、私もまとめておこうと思います。

 中大兄皇子は西国での修行の途中、この「太神宮」で、東方の朝日を拝んだといいます。東を見てみましょう。

ひめちゃご096

 これに今年(2017年)の秋分の日(9月23日)の日の出を重ねます。 

ひめちゃご097

 拡大してみますと…

ひめちゃご098

 更に来年(2018年)の春分の日(3月21日)の日の出です。 

ひめちゃご099

 
 中大兄皇子は、春分・秋分に、「犬岳」から昇る太陽を祈ったと思われるのです。
 太陽信仰になるのですね…歴史に疎いので、何ともならないのですが、中大兄皇子は、後の天智天皇です。
 大和朝廷は天照大御神を祀りますので、当然のこととなるのでしょうか…

 しかしながら、天山・天山神社との関係を前回に書きましたように、「犬岳」は「天のライン」とも言える太陽との関係とともに、「地のライン」で選ばれた山です。

 「犬岳」から西にも「地のライン」がありました。

 「犬岳」から「釣殿宮」まで 269.92°(距離 9.760km) 真西との誤差 -0.08°(約 14m)

ひめちゃご100
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(柳川・野町)を使用しています」 14km×7kmの範囲です

ひめちゃご101
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 1300m×1000mの範囲です

ひめちゃご102
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(柳川)を使用しています」 1000m×1000mの範囲です 
※特に範囲を記入していない場合は、この図と同じ 1000m×1000mです


ひめちゃご103
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(最新)」を使用しています」 250m×350mの範囲です

 「釣殿宮」は、中大兄皇子の滞在地です。住民が腹赤の魚を釣って献上したことから、腹赤宮ともいうそうです。
 「釣殿(つりどの)」とは、平安時代の建築様式「寝殿造り」において、池に面した南端の建物で、納涼・響宴に用いられたとのことです。


 並行して北側に、もうひとつの東西ラインがありました。

 「御牧山」から「こうやの宮」まで 269.99°(距離 7.640km) 真西との誤差 -0.01°(約 1m)

 「こうやの宮」については、次回に説明します。大きな「直角二等辺三角形」のお話になります。 
 


「ひめちゃご」がつなぐライン群 その6

 「松尾弁財天」は福岡県八女市立花町にあります。
 lunaさんのブログに詳しいです。 → ひもろぎ逍遥 ひめちゃご11 松尾弁財天3 大穴貴と狭依毘売を祀る宮
 正式には「厳島神社(弁財天社)」 大己貴命または狭依毘売(サヨリ姫)を祀るとのこと。

 弁財天は元々はインドの河の神様だそうですが、市杵島姫(イチキシマ姫)と同じと考えていいのかな?狭依毘売(サヨリ姫)とも同じなのかな?よくわかりません!

 「松尾弁財天」には「天山」からのラインがあります。

 「天山」から「松尾弁財天」まで 120.01°(距離 47.771km) 120°との誤差 +0.01°(約 8m)

ひめちゃご085
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 45km×30km の範囲です


ひめちゃご086
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(古湯・小城)を使用しています」 1100m×1400mの範囲です

 「天山(てんざん)」は標高 1046m で、佐賀県唐津市・多久市・小城市・佐賀市の四市にまたがります。


ひめちゃご088
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 途中「老松神社」を通ります。
 「老松神社」は福岡県みやま市瀬高町にある神社です。御祭神は不明ですが、境内に「蜘蛛塚」があります。
 lunaさんのブログに詳しいです → ひもろぎ逍遥 老松神社と蜘蛛塚


ひめちゃご087
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 1500m×1100mの範囲です

 松尾弁財天は谷にありますが、上流を辿ると、左上の池を通って、標高430.3mの頂上に至ります。言ってみれば、この山の山腹に位置するわけです。この山の名前は「犬岳」なのだそうです(筑後国造さんによる)。


 そして、折り返して「犬岳」からのラインがあったのです。

 「犬岳」から「天山神社上宮」まで 300.00°(距離 47.016km) 300°との誤差不明ですので、国土地理院のサイトで調べますと…  300.0014° 300°との誤差 0.0014°(約 116cm) でした。

ひめちゃご092
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 45km×30km の範囲です

ひめちゃご089
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(古湯・小城)を使用しています」 1100m×1400mの範囲です

 「天山神社」は佐賀県の神社です。天山9合目に上宮(小城市)を、岩蔵(小城市)・晴気(小城市)・巖木(唐津市)に三社の下宮を祀ります。大宝2年(702年)に文武天皇の口宣を蒙り、建立とのことです。
 御祭神は多紀理姫命・市寸島姫命・多紀都姫命。宗像三女神ですね。

ひめちゃご090
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 1500m×1100mの範囲です


 と、ここで、もう一度、天山側から折り返します。

 「岩蔵天山神社」から「犬岳」まで 120.04°(距離 41.650km) 120°との誤差 +0.04°(約 29m)です。

ひめちゃご091
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 45km×30km の範囲です

 しかし、「岩蔵天山神社」からは、直接「犬岳」を見ることができません。測量不可能なのです。
 1.6km程犬岳に寄ったところに、城山の尾根があります。ここからなら見えますので、この稜線の地点から測ったと推定できます。

 「犬岳が見える場所」から「犬岳」まで 120.05°(距離 40.017km) 120°との誤差 +0.05°(約 35m)です。

 この地点からラインを反対方向に延ばして、岩蔵天山神社の位置を定めたと推測します。

ひめちゃご093
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(小城)を使用しています」 2000m×1500mの範囲です


ひめちゃご094
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 1500m×1100mの範囲です

 下は「犬岳が見える場所」からの画像です。上端の目盛は1°刻みです。太陽や月が2個並んで入るくらいの角度です。
 かなり望遠にしてありますが、「犬岳」は思ったより目立つピークですねぇ…

ひめちゃご095


 「犬岳」は、標高が小さいながらも、かなり重要な山だと思います。
 「犬岳」を中心としたお話を続けます。

 ※「弁財天」は、佐賀県の天山に降臨してから奈良県の天河神社に移ったと、lunaさんが以前、書いてみえました。
 天河神社(天河弁財天社)については後ほど書きます。
 

「ひめちゃご」がつなぐライン群 その5

 「金立神社中宮」には、西からのラインが届いています。

ひめちゃご066
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(広滝・佐賀北部)を使用しています」

ひめちゃご067
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(志佐・江迎)を使用しています」

 「不老山」から「金立神社中宮」まで 89.96°(距離 53.840km) 真東との誤差 -0.04°(約 38m)です。

 「不老山」は長崎県松浦市志佐町にあります。徐福が不老不死の薬を求めてこの山に登ったという伝説があります。徐福伝説の舞台の一つとのことです。金立神社とは徐福つながりということになります。

 「不老山」からは60°・120°の方向にもラインがありました。

ひめちゃご068
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 60km×50km の範囲です


 「不老山」から「武雄神社」まで 120.00°(距離 32.083km)
 120°との誤差不明ですので、いつものように国土地理院のサイトで調べますと… 119.999°誤差は約60cmでした。

ひめちゃご070
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(志佐・江迎)を使用しています」

ひめちゃご069
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル18(最新)」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 不老山は公園になってるんですね…形は変わってしまったのでしょうが、子供達がここで遊ぶことを思うと、素敵なことではないでしょうか。今後、工場や倉庫になることはないでしょうから…

ひめちゃご072
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(武雄)を使用しています」

ひめちゃご071
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「武雄(たけお)神社」は「武内宿禰(たけうちのすくね)」を主神として、合わせて、仲哀天皇・神功皇后・応神天皇・武雄心命を祀ります。神功皇后の三韓遠征の帰途、止めた船そのものが「御船山」になったのだそうです。元々は南側のピーク(船の艫=船尾)に祀られていたと伝えられるそうです。うーん、でっかい船だなぁ…実は徐福の船だったという説は無いかなぁ…


 「不老山」から「唐津神社」まで 59.98°(距離 26.495km) 60°との誤差 -0.02°(約 9m)です。

ひめちゃご078
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(唐津)を使用しています」

ひめちゃご077
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「唐津神社」は佐賀県唐津市にあります。神社の由緒の画像をUPされてる方がみえます。「神功皇后三韓渡航に際し住吉三神に海上安穏を祈願し帰還の後松浦の海浜に鏡を捧げて三神の霊を祀り給う」とのことです。


 「唐津神社」から60°の方向にラインがありました。あくまで唐津神社からです。この場所で改めて真北を測り直して、60°の方向にラインを引いたということです。

 「唐津神社」から「志登神社」まで 60.01°(距離 27.091km) 60°との誤差 +0.01°(約 5m)です。

ひめちゃご076
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(前原)を使用しています」 1000m×1200mの範囲です

ひめちゃご075
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

ひめちゃご073
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(唐津)を使用しています」

ひめちゃご074
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 唐津神社を挟んで両側のラインは、一見直線に見えますが、そうではありません。0.1°折れているのです…
 不老山から直接、志登神社にラインを引いた場合は59.92°になって、唐津神社の北側25m程離れたところを通ってしまうのです。
 まあ、その場合は唐津市の櫻馬場遺跡というところを通るのですが…

 「志登神社(しとじんじゃ)」は福岡県糸島町にあります。豊玉姫を祀ります。合わせて和多津見神・息長帯姫・彦火々出見尊・武内宿禰命を祀ります。周辺に支石墓群があります。古くからの聖地と思われます。


 「不老山」を起点とするラインは見事なものです。当サイトにとって理想的ですね…そして、不老山と金立山の伝承を考えると、このラインを引いたのは、徐福の船に乗ってきた人ということになるのではないでしょうか?この松浦市の志佐と呼ばれる場所に上陸したという気がしてなりません…


 金立神社中宮から東のラインはすでに書いていますが、もう一度ここに載せます。これもまた、金立神社中宮の地で、改めて真北を割り出して測量していると思われます。
 
ひめちゃご081
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 50km×15km の範囲です

 「金立神社中宮」から「賀茂神社」まで 90.02°(距離 46.908km) 真東との誤差 +0.02°(約 16m)です。
 
ひめちゃご082
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(広滝・佐賀北部)を使用しています」

ひめちゃご079
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(鳥栖・久留米)を使用しています」

 ラインは久留米市北野町上弓削(かみゆげ)にある「法皇宮」の20m程南を通ります。
 一説によると「道鏡」を祀るとのことです。弓削の道鏡です。
 久留米の弓削については、lunaさんが触れています。 → ひもろぎ逍遥 「弓削」(ゆげ)の話と「中西」の話
 弓削氏の発祥の地がここである可能性があるのでしょうか?
 「金立神社中宮」から「法皇宮」までは 89.97°(距離 24.131km)です。これも真東といっていいでしょう。
 徐福の船に乗ってきた人々の可能性があるのでは?と想像してしまいます。
 そういえば、「物部弓削守屋」という言い方もされるそうですね。守屋の母方が弓削氏なのだそうです。

ひめちゃご080
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(吉井・千足)を使用しています」

 「賀茂神社」は福岡県うきは市にあります。
 「賀茂大神」は最初にこの地に降臨したと伝えられるのだそうです。
 加茂氏もまた、徐福の船に乗ってきた人々の可能性があるのでは?と想像していたら、lunaさんのブログの中で、そのことを指摘された方がみえました。 → ひもろぎ逍遥 賀茂神社(1)賀茂大神はここに天降りして、八咫烏となって神武天皇をたすけた


 今回はここまでです。いずれにせよこの地域について、徐福を抜きには考えられないのではないかと思いました。

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