「ひめちゃご」がつなぐライン群 その5

 「金立神社中宮」には、西からのラインが届いています。

ひめちゃご066
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(広滝・佐賀北部)を使用しています」

ひめちゃご067
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(志佐・江迎)を使用しています」

 「不老山」から「金立神社中宮」まで 89.96°(距離 53.840km) 真東との誤差 -0.04°(約 38m)です。

 「不老山」は長崎県松浦市志佐町にあります。徐福が不老不死の薬を求めてこの山に登ったという伝説があります。徐福伝説の舞台の一つとのことです。金立神社とは徐福つながりということになります。

 「不老山」からは60°・120°の方向にもラインがありました。

ひめちゃご068
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(唐津・福岡・長崎・熊本)を使用しています」 60km×50km の範囲です


 「不老山」から「武雄神社」まで 120.00°(距離 32.083km)
 120°との誤差不明ですので、いつものように国土地理院のサイトで調べますと… 119.999°誤差は約60cmでした。

ひめちゃご070
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(志佐・江迎)を使用しています」

ひめちゃご069
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル18(最新)」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 不老山は公園になってるんですね…形は変わってしまったのでしょうが、子供達がここで遊ぶことを思うと、素敵なことではないでしょうか。今後、工場や倉庫になることはないでしょうから…

ひめちゃご072
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(武雄)を使用しています」

ひめちゃご071
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「武雄(たけお)神社」は「武内宿禰(たけうちのすくね)」を主神として、合わせて、仲哀天皇・神功皇后・応神天皇・武雄心命を祀ります。神功皇后の三韓遠征の帰途、止めた船そのものが「御船山」になったのだそうです。元々は南側のピーク(船の艫=船尾)に祀られていたと伝えられるそうです。うーん、でっかい船だなぁ…実は徐福の船だったという説は無いかなぁ…


 「不老山」から「唐津神社」まで 59.98°(距離 26.495km) 60°との誤差 -0.02°(約 9m)です。

ひめちゃご078
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(唐津)を使用しています」

ひめちゃご077
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「唐津神社」は佐賀県唐津市にあります。神社の由緒の画像をUPされてる方がみえます。「神功皇后三韓渡航に際し住吉三神に海上安穏を祈願し帰還の後松浦の海浜に鏡を捧げて三神の霊を祀り給う」とのことです。


 「唐津神社」から60°の方向にラインがありました。あくまで唐津神社からです。この場所で改めて真北を測り直して、60°の方向にラインを引いたということです。

 「唐津神社」から「志登神社」まで 60.01°(距離 27.091km) 60°との誤差 +0.01°(約 5m)です。

ひめちゃご076
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(前原)を使用しています」 1000m×1200mの範囲です

ひめちゃご075
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

ひめちゃご073
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(唐津)を使用しています」

ひめちゃご074
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 唐津神社を挟んで両側のラインは、一見直線に見えますが、そうではありません。0.1°折れているのです…
 不老山から直接、志登神社にラインを引いた場合は59.92°になって、唐津神社の北側25m程離れたところを通ってしまうのです。
 まあ、その場合は唐津市の櫻馬場遺跡というところを通るのですが…

 「志登神社(しとじんじゃ)」は福岡県糸島町にあります。豊玉姫を祀ります。合わせて和多津見神・息長帯姫・彦火々出見尊・武内宿禰命を祀ります。周辺に支石墓群があります。古くからの聖地と思われます。


 「不老山」を起点とするラインは見事なものです。当サイトにとって理想的ですね…そして、不老山と金立山の伝承を考えると、このラインを引いたのは、徐福の船に乗ってきた人ということになるのではないでしょうか?この松浦市の志佐と呼ばれる場所に上陸したという気がしてなりません…


 金立神社中宮から東のラインはすでに書いていますが、もう一度ここに載せます。これもまた、金立神社中宮の地で、改めて真北を割り出して測量していると思われます。
 
ひめちゃご081
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 50km×15km の範囲です

 「金立神社中宮」から「賀茂神社」まで 90.02°(距離 46.908km) 真東との誤差 +0.02°(約 16m)です。
 
ひめちゃご082
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(広滝・佐賀北部)を使用しています」

ひめちゃご079
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(鳥栖・久留米)を使用しています」

 ラインは久留米市北野町上弓削(かみゆげ)にある「法皇宮」の20m程南を通ります。
 一説によると「道鏡」を祀るとのことです。弓削の道鏡です。
 久留米の弓削については、lunaさんが触れています。 → ひもろぎ逍遥 「弓削」(ゆげ)の話と「中西」の話
 弓削氏の発祥の地がここである可能性があるのでしょうか?
 「金立神社中宮」から「法皇宮」までは 89.97°(距離 24.131km)です。これも真東といっていいでしょう。
 徐福の船に乗ってきた人々の可能性があるのでは?と想像してしまいます。
 そういえば、「物部弓削守屋」という言い方もされるそうですね。守屋の母方が弓削氏なのだそうです。

ひめちゃご080
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(吉井・千足)を使用しています」

 「賀茂神社」は福岡県うきは市にあります。
 「賀茂大神」は最初にこの地に降臨したと伝えられるのだそうです。
 加茂氏もまた、徐福の船に乗ってきた人々の可能性があるのでは?と想像していたら、lunaさんのブログの中で、そのことを指摘された方がみえました。 → ひもろぎ逍遥 賀茂神社(1)賀茂大神はここに天降りして、八咫烏となって神武天皇をたすけた


 今回はここまでです。いずれにせよこの地域について、徐福を抜きには考えられないのではないかと思いました。

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「ひめちゃご」がつなぐライン群 番外 国道208号線 

 佐賀平野には真っ直ぐな道がいくつもあるのですが、その中の国道208号線 佐賀城から大川に向かって筑後川を渡る手前まで、真っ直ぐな道がありますね。208号線の範囲では4kmくらいだけど、両端に国道ではない道がそのまま延びていて、結局5kmくらい直線なんですね…
 方位角は118°くらいなので、角度としての意味はなさそうだけど、どこを向いているんだろう? 少し気になって調べてみました。

ひめちゃご045
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル14」を使用しています」 8km×4kmの範囲です

 佐賀側の起点がわかりました。佐賀城の天守台かと思ったのですが、少し外れます。お堀の北西のすぐ外側にある「與賀神社(よがじんじゃ)」だったのです。

ひめちゃご046
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル14」を使用しています」 8km×4kmの範囲です

 「與賀神社」は与止日女神(よどひめのかみ)を祀ります。豊玉姫です。

ひめちゃご047
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(佐賀北部・佐賀南部)を使用しています」 1200m×1000mの範囲です


ひめちゃご048
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(佐賀南部)を使用しています」 1800m×1200mの範囲です

 四角く囲った部分を拡大します。

ひめちゃご049
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(最新)」を使用しています」 200m×200mの範囲です

 部分をもう少し拡大してみます。

ひめちゃご065
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 約80m×約80mの範囲です

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「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(最新)」を使用しています」 200m×200mの範囲です

ひめちゃご064
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 約80m×約80mの範囲です


ひめちゃご051
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(佐賀南部)を使用しています」 1800m×1200mの範囲です

ひめちゃご052
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(最新)」を使用しています」 200m×200mの範囲です

ひめちゃご063
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 約80m×約80mの範囲です


ひめちゃご053
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(佐賀南部)を使用しています」 1800m×1200mの範囲です

ひめちゃご055
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(最新)」を使用しています」 200m×200mの範囲です

ひめちゃご062
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 約80m×約80mの範囲です

ひめちゃご054
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(最新)」を使用しています」 200m×200mの範囲です

ひめちゃご061
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 約80m×約80mの範囲です


 ねっ!ぴったりでしょう!!

 そしてこのラインの先には…

ひめちゃご058
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル12」を使用しています」 30km×18kmの範囲です

 「松尾弁財天」をその山腹に抱く「犬岳」があったのです!

ひめちゃご056
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」 1200m×1000mの範囲です

 「犬岳(標高430.3mのピーク)」の重要性については、lunaさんのブログを是非御覧ください! →ひめちゃご13 中大兄が祈った太神宮は春・秋分ライン祭祀だった

 
 そして、ラインが届く先は「阿蘇高岳」だったのです。阿蘇山の最高峰です。

ひめちゃご057
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(阿蘇山)を使用しています」 1200m×1000mの範囲です

ひめちゃご059
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(熊本・大分)を使用しています」 85km×50km の範囲です

※説明が遅れましたが、約80m×約80m の拡大図で2本の赤いラインが書かれている画像がありますが、上のラインが阿蘇高岳へのライン・下のラインが犬岳へのラインです。わずかなズレですが、犬岳へのラインの方がよりフィットしてますね。


 「與賀神社」から見たカシミール3Dの画像を添付します。

ひめちゃご060

 今年の冬至(2017年12月22日)の日の出を表示してあるのですが、 これには一致しませんでした。

 基本的には與賀神社から阿蘇高岳を拝むラインということになるのでしょうか?国道208号線のこの部分が参道になるのかな?

 同じような阿蘇高岳への参道と思われるラインがありました。阿蘇市の「国造神社」からでした。 →筑前国一宮「筥崎宮」(1)九州王朝 その14

 「犬岳」が何故大切な山とされていたのか?松尾弁財天が山腹にあるからというのがその理由と思っていましたが、阿蘇山との関係も考えなければならないようです。

 というか、佐賀からは直接阿蘇が見えるんですね!佐賀平野のどこでも、阿蘇との関係を見ておかなければならないと、思いを深めたことでした。
 

「ひめちゃご」がつなぐライン群 その4

 「離石神社」の楠:磐座から西にラインがあります。

 「離石神社」から「稲佐神社(いなさじんじゃ)」まで 270.04°(距離 43.122km) 真西との誤差 +0.04°(約 30m)です。

ひめちゃご039
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」

ひめちゃご038
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(武雄・鹿島)を使用しています」

 「稲佐神社」は佐賀県杵島郡白石町にあります。白石町のホームページによると、天神・女神・五十猛命を祀り、百済の聖明王とその子、阿佐太子を合祀するとのこと。神奈備さんのホームページによると、天神・女神・五十猛神・大屋津比賣之神 配 聖王神・阿佐神とのことです。
 時代から考えると、元々スサノオのお子様を祀った(上陸した場所)ところに、百済から阿佐王子がやってきて、お父様の聖明王を合わせて祀ったということになるのでしょうか?秦河勝が合祀したとも伝えられるそうです。平安時代になって、空海が泰平寺を開いて参道両側が真言寺十六坊となった。徐福が不老不死の薬草を探しに来たとの伝説もあるそうです…
 大変な神社のようです…その起点が離石神社の磐座にあるといったラインになっちゃうんですが…

ひめちゃご040
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 53km×33km の範囲です

 稲佐神社には、あと2本のラインが設定できます。


 「金立神社中宮」から「稲佐神社」まで 224.97°(距離 26.462km) 南西との誤差 -0.03°(約 14m)です。

ひめちゃご041
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(広滝・佐賀北部)を使用しています」

ひめちゃご042
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(武雄・鹿島)を使用しています」

 このラインについては、以前に書いていました。 → 筑前国一宮「筥崎宮」(1)九州王朝 その23
 つまりは、伝説にあったとおり、徐福のラインになります。


 もうひとつは、離石神社の真北にある「媛社神社(七夕神社)」からのラインです。

 「媛社神社(七夕神社)」から「離石神社」まで 239.93°(距離 49.880km) 240°との誤差 -0.07°(約 61m)です。

ひめちゃご043
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(鳥栖)を使用しています」

ひめちゃご044
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(武雄・鹿島)を使用しています」


 「離石神社」から「媛社神社(七夕神社)」まで 0.10°(距離 25.022km) 真北との誤差 +0.10°(約 44m)です。

 これで 離石神社-媛社神社-稲佐神社 は、頂角 90° 60° 30°とする直角三角形になりました。ということは、稲佐神社が祀る「女神」は、共通するのでしょうか…どなたになるのでしょうか…


 ※参考までですが、媛社神社からのラインではなく、馬見山からのラインと考えることも可能です。その場合は媛社神社を通りませんので直角三角形を想定することはできませんが…
 「馬見山」から「稲佐神社」まで 240.19°(距離 71.731km) 240°との誤差 +0.19°(約 238m)です。
 誤差が少し大きめですねぇ…やはり媛社神社起点のラインと考えることにします。

 つづく

「ひめちゃご」がつなぐライン群 その3

 次にlunaさんが書かれたのは「八女(やめ)」の聖地です。

 「離石神社(はなれいしじんじゃ)」 →ひめちゃご3 八女に行こう

 福岡県八女市立花町白木632番地 という情報がありました。google mapでも、yahoo!地図でも、631番地ならば場所を示します。近くに大きな樹木が見えました。磐座(いわくら)がその根元にある楠だと思います。

ひめちゃご026
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(1979-83)」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 社殿の位置がわかりませんが、この楠の中心をポイントにします(その方がいいのかもしれません)。

ひめちゃご027
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」


 「離石神社」から北に進むと「媛社神社(ひめこそじんじゃ)」と「御勢大霊石神社(みせたいれいせきじんじゃ)」に至りました。

 「離石神社」から「御勢大霊石神社」まで 0.11°(距離 27.542km) 真北との誤差 +0.11°(約 53m)です。

ひめちゃご025
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 20km×33km の範囲です


 「御勢大霊石神社(みせたいれいせきじんじゃ)」は仲哀天皇を祀ります。熊襲征伐の時に仲哀天皇が「大保の仮宮」を設けた場所です。ある日、鷹の姿を借りた高皇産巣日神がここから北に飛んで、松の梢に止まりました。そこを「隼鷹神社」として祀ったということを前回書きました。上の地図で黄色い線で描いてあります。

 ひめちゃご031
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(鳥栖)を使用しています」

 ひめちゃご030

 ところが仲哀天皇は敵の流れ矢にあたり、崩御される。
 時が経ち、三韓遠征から帰った神功皇后が、夫である仲哀天皇の荒魂を鎮めた石を納めたと伝えられます。
 
 詳しくは、るなさんのブログを御覧ください。→御勢大霊石神社・「愛する夫の御魂を鎮めた霊石」ついに異伝―仲哀天皇の崩御


 この地方にはふたつの「ひめこそ神社」があります。小郡市の「媛社神社」と鳥栖市の「姫古曾神社」です。
 ラインは小郡市の「媛社神社(ひめこそじんじゃ)」を通ります。

 ひめちゃご029
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(鳥栖)を使用しています」

 ひめちゃご028

 「媛社神社」は媛社神(ひめこそのかみ)と織姫神(おりひめのかみ)を祀ります。でも詳しいところは、これも、るなさんのブログを御覧ください →媛社神社(七夕神社)(1)ニギハヤヒを祀っていた?

 あの、単純に言えば、織姫神を祀っているから「七夕神社」とも呼ばれていると考えていいのでしょうか…
 神社の右側(東側)に宝満川が流れているのですが、この川を挟んで牽牛社があったのだそうです。大正時代に稲吉地区の老松宮という神社に合祀されたとのことですので、元々の鎮座地はわかりません。

 「媛社神社(七夕神社)」から「老松宮(稲吉)」まで 90.26°(距離 0.536km) 真東との誤差 +0.26°(約 2m)です。

 ひめちゃご032
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(鳥栖)を使用しています」 1200m×1000mの範囲です

 当サイトは±0.25°までをOKとしていますので、ギリギリNGなんですが、地図上のポイントの置き方によってはOKになると思います。距離が近すぎて、よくわからないですねぇ…
 参道から社殿の正面方向に一致しているかもしれませんが、これもよくわかりません。牽牛社の元宮ではないとはいえ、これはこれで、意味があるのかもしれません。

 
 実は「媛社神社(七夕神社)」から南東にラインがあります。

 「媛社神社(七夕神社)」から「豊姫神社」まで 135.01°(距離 7.436km) 南東との誤差 +0.01°(約 1m)です。

ひめちゃご035
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(鳥栖・田主丸・久留米・草野)を使用しています」

ひめちゃご034
「この地図は国土地理院発行の「地理院地図(新版)レベル18」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「豊姫神社」は久留米市北野町にあります。豊玉姫を祀ります。
 豊玉姫と海幸彦との間に生まれたのが鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと:神武天皇のお父様)です。海に帰った豊玉姫に代わって玉依姫が育てることになります。

 「豊姫神社」の北側を西から東に流れるのが筑後川です。
 「媛社神社」を「七夕神社」と考えた場合、「天の川」はこの筑後川がふさわしいのではないかと、個人的には考えてしまいます。
 でも、そうすると、登場するのが姫様ばかりで、牽牛=彦星が見当たりません…


 ラインは高良大社の近くを通って…
 
 ひめちゃご033
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(久留米)を使用しています」

 「離石神社」に戻ります。

 ひめちゃご037
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています」

 ひめちゃご036
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル17(1979-83)」を使用しています」 100m×100mの範囲です


 この南北のラインが、本当のラインであるならば、その起点は自然地形である「離石神社」の磐座(いわくら)ということになると思います。

 るなさんに最初に訪れた言葉が「ひめこそ」であって、写真を見て是非訪れてみたいと感じたのが「離石神社」の磐座だったのであれば、このラインに意味があるのでは?と想像してしまいますけど…


 次回は、離石神社から西のラインについてです。


 
 

「ひめちゃご」がつなぐライン群 その2

 lunaさん、ごめんなさい、遅れています…

 前回、「若宮八幡神社」は、方位としてのラインと、太陽を信仰するラインと、ふたつを持っていると書きました。
 屏山が 60°の位置に見えて、夏至の太陽が馬見山から昇る場所に造られているという意味です。

 ところが、もう一本あるかもしれないのです。

 「若宮八幡神社」から「金立山(きんりゅうさん)」まで 269.92°(距離 13.469km) 真西との誤差 -0.08°(約 19m)です。

ひめちゃご011
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(中原)を使用しています」 1000m×1300mの範囲です

ひめちゃご012
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(広滝・佐賀北部)を使用しています」 ※特に断らない時は1000m×1000mの範囲です

 「金立山」は徐福伝説の山です。秦の始皇帝の命により不老不死の薬を探して、見つけたのがこの山だった… →筑前国一宮「筥崎宮」(1)九州王朝 その23

 下の図は若宮八幡神社から見た、今年の秋分の日の入りです。

ひめちゃご013
 ※上端の目盛は1°刻みです。

 望遠の画像ですが、金立山の頂上が、わずかに真西から左にずれていますねぇ…
 さて、秋分の日の入りに、意味があるのかどうか、微妙なところですねぇ…金立神社上宮の位置に沈むことになるのですが…
 天山はもっと離れた場所にありますので、鞍部に沈むというわけではありません。

 屏山が 60°の位置に見えるライン・夏至の太陽が馬見山から昇るライン・金立山がほぼ真西に見えるライン 以上3本のラインが想定できましたが、2本が正解、1本は偶然ということになると思います(多分…)。
 屏山のラインは外せないと思います。もうひとつは…ちょっとわからなくなっちゃいました…


 さて、「若宮八幡神社」の北側には「姫方遺跡」があります。佐賀県でも屈指の大墳墓群で、甕棺墓約400基とのこと。弥生時代から古墳時代にかけての遺跡だそうです。
 その中に、四世紀後半から五世紀初頭の築造とされる「雌塚(めづか)」という円墳があります(径32m)。
 
 この真北が「九千部山」になります。そして真南が「物部神社」になります。
 ラインは九千部山から物部神社までです。

 「九千部山」から「物部神社」まで 180.00°(距離 9.948km)
 
 カシミールの測定では誤差が不明ですので、国土地理院の測量計算のページで調べますと、179.997°でした。
 誤差0.003°を距離に直すと(といっても三角関数で計算するだけですけど) 52cm でした。
 10km離れて52cm かぁ…そもそも、そんなに正確に位置をポイントできていませんけど、まあ、真南ですね。物部神社から測ったとしたら真北ですね。九千部山が直接見えるはずです。

ひめちゃご017
「この地図は国土地理院発行の20万分の1地勢図(福岡・熊本)を使用しています」 27km×17km の範囲です

         ひめちゃご014
         「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(不入道・中原)を使用しています」

         ひめちゃご015
         「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル18(最新)」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「九千部山」は標高847.5m。平安時代の伝説があります。
 たび重なる風水被害に苦しむ村人を救うため、「隆信」という若い僧侶が、この山で法華経一万部を読経するという誓願を決意したのだそうです。それが九千部までで命が尽きてしまったのだそうです(白蛇が姿を変えた美女が訪れていたそうですが…)。祈祷した場所は頂上から200m程西の風穴とのこと。経塚と隆信の供養塔があり、風神である級長津彦命(しなつひこのみこと)・級長津媛命(しなつひめのみこと)の2柱を合祠してあるそうです。(以上みやき町ホームページの「伝承・伝説 九千部山の祈り」を参考にさせていただきました)

 頂上部に多くの電波塔と展望台がありますね。遥かな昔にバイクで登った記憶があります…

 
              
            ひめちゃご016
            「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(中原)を使用しています」 1000m×1300mの範囲です

         ひめちゃご018
          「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル18(最新)」を使用しています」 100m×100mの範囲です



          ひめちゃご020
          「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(久留米西部)を使用しています」

          ひめちゃご019
          「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル18(最新)」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「物部神社」は佐賀県三養基郡(みやきぐん)みやき町にある神社。御祭神は経津主神(ふつぬしのかみ)です。
 来目皇子(くめのみこ:聖徳太子の弟)の命の創設なのでしょうか…佐賀県でも有数の古社と書いてあるサイトがありました。
 このあたりは物部郷と呼ばれていたのだそうです。


 さて、九千部山の南西方向にラインがありました。白角折神社(おしとりじんじゃ)に至ります。

 「九千部山」から「白角折神社」まで 225.07°(距離 10.656km) 南西との誤差 +0.07°(約 13m)
 または
 「白角折神社」から「九千部山」まで 45.02°(距離 10.656km) 北東との誤差 +0.02°(約 4m) です。

ひめちゃご022
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(広滝)を使用しています」
 
ひめちゃご021
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル18(最新)」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「白角折神社」から「九千部山」は直接見えませんので、とりあえず九千部山から測量されたと仮定しておきます。

 「白角折神社」は佐賀県神埼市にあります。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祀ります。
 ここもlunaさんのブログが詳しいです →白角折神社・ヤマトタケルは矢を射た
 日本武尊が熊襲征伐の折に白角折社のから的に向かって矢を射たという伝説があるのだそうです。
 九千部山が的になったのかもしれません…見えませんけど…
 境内に佐賀県の天然記念物である楠の巨木があります。樹高約26m・根回り約27m、樹齢1000年を越えるそうです。


 最後に、「物部神社」に向かって北東方向からのラインがありました。「隼鷹神社(はやたかじんじゃ)」からです。

 「隼鷹神社」から「物部神社」まで 224.97°(距離 16.290km) 南西との誤差 -0.03°(約 9m)です。
 (ちなみに「物部神社」から「隼鷹神社」までは44.90°です)

ひめちゃご024
「この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(二日市)を使用しています」

ひめちゃご023
「この地図は国土地理院発行の「空中写真レベル18(最新)」を使用しています」 100m×100mの範囲です

 「隼鷹神社」は福岡県小郡市にあります。主祭神は「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」です。
 ここもlunaさんのブログが詳しいです →隼鷹神社・鷹になった高木の神と仲哀天皇

 仲哀天皇が熊襲征伐の時、「大保の仮宮」で天神地祇を祀った時に、高皇産巣日神が鷹の姿をとって現れ、北を指して飛び去り、松の梢に止まって姿が見えなくなった。その松の場所を祀ったのが始まりのようです。枯れてしまった松の代わりに楠が御神木となっているとのことです。(以上、linaさんのブロクを参考にさせていただいています)
 ここの楠は幹廻り8.5m、樹高33m 樹齢300 年以上だそうです。
 白角折神社と直接ラインで結ばれているわけではありません。でも、熊襲征伐といい、楠といい、何か関連を感じさせますねぇ…

 「大保の仮宮」は「御勢大霊石神社(みせたいれいせきじんじゃ)」の事だそうです。
 次回、ここについても書きます。



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Author:チェリー0911
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